公害の直接原因を大別すれば、産業公害と生活公害とになり、第1に、4大公害訴訟のケースに見られるように、産業廃棄物が原因になるものがあります。生産にともなってどんなものを廃棄物として、いわゆるタレ流しにするかは、技術の問題であるだけではなく、費用をどう考えるかという企業行動の問題でもあるし、費用をどう設定し負担させるか、そのルールを市場経済はどうするかの問題でもあります。第2に、製品が原因になる場合。例としてDDT、サリドマイドなど。これらは、製品それ自体が原因で悲惨な結果を生み出したのですが、かりに製品それ自体に有害性はなくても、その廃棄のしかたが自然を破壊するプラスチック、ビニールの類も問題です。第3に、過密のなかでの使用が累積効果を生んで大気を汚染する自動車のようなケース。第4に、自然の形状の変更。林を払ってゴルフ場にするというような変化が、人間に予期せぬ自然からの反逆を招くことがあります。生活公害とは、企業ではなく住民自身が公害の原因者になるもの。バイタ騒音、近隣騒公音、日照権侵害など、住民自身が自己本位に動いて、相互に加虐しあう構造があります。公害を予防できるような社会的ルールをもつ経済体制こそが、いま望まれます。
アメリカの言い分です。「日本企業は海外でのシェアを拡大するため、輸出商品の価格を低く設定している。それではもうからないので、日本国内で高く売って帳尻を合わせている」。すると、日本側はこう反論します。「日本では地代や家賃が高く、流通も複雑なので販売コストも高くなる」。それも理屈ですが、「それなら流通機構を改め、土地問題を本気で解決すべきだ」というアメリカのほうに説得力があり、日本メーカーの旗色はよくありません。日本の高物価の一因は、政府の規制や保護措置です。コメなどの農産物価格、通信料金、電気料金、航空運賃などは海外より割高です。産業重視の時代には通用した規制や保護措置が、生活重視の時代を迎えてもなおも続けられています。その代償が高物価や内外価格差だという批判もあります。
2001年の9・11同時多発テロ、それにつづくイラク戦争により、中東からの原油の安定供給のむずかしさが改めて露呈したため、原油からの脱却を目指すことになったのである。そうした原発推進の流れはアメリカにかぎった話ではない。急速な経済発展にともなう電力不足に悩む中国やインドもまた、大きな関心を示している。1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故以来、脱原発を目指してきたヨーロッパも同様だ。ヨーロッパ諸国は、推進派のフランス以外、長く新規の建設を見送ってきた。しかし、ここにきてイギリスなども原子力を積極的に取り入れる方向へむかっている。世界原子力協会(WNA)によれば、2008年5月における建設中の原発は世界で36基、計画中は93基を数える。さらに今後20年間で150基以上が建設されると予測している。